2026-09-22 北海道帰省
長万部駅
静狩峠を超えた後は更に国道37号を海岸沿いに一直線に進み、目的地の長万部町に入った。長万部といえばかなやのかにめしが名物だが、親父の話ではもう店舗は閉めてしまったらしい。何でも厨房が壊れたとか。数年前に来られて良かった。
長万部町を通り長万部駅に到着。写真のタイムスタンプを見ると長万部駅に到着したのは15:46のことだった。駅前にはタクシーロータリーがあり、車を数台停められる駐車場もあったのでそこに車を停めた。駐車場には写真の「新幹線駅部高架化決定」のプレートが立っている。
駅舎
長万部駅の駅舎前はこんな感じ。
まだ夕方ではないが既に日が傾きかけている。海が目の前なので浜風が強い。「遠くまで来たな」と漠然と思った。
まんべくん
駅前にはまんべくんの顔ハメが設置されている。
まんべくんといえば2011年の政治的ツイートで放逐されたイメージがあったが、この通り現地ではしっかり現役のようだ。今思うと当時はインターネットもまだまだ牧歌的な時代だった。
駅周辺
駅前はこんな感じである。この時は何か寂れた蕎麦屋があるな……と思って後ほど父に話を聞くと実は大分旨い店らしい。あわわわ。
この店とは無関係だが、親父の蕎麦打ちの先生は長万部在住らしく、以前は教えを請いに長万部まで随分通ったとのことだった。
駅構内
長万部駅に入る。長万部駅は札幌行きの室蘭本線と、函館行きの函館本線が交わる場所だ。
駅舎を出て駅の外のトイレで小便をして外に出ると、ザ・田舎のヤンキーという有様の若い女が煙草を吸っていた。
インフォまんべ
ただ物珍しげに写真を撮ってトイレを借りただけというのはお行儀が宜しくないなと思い、駅舎に併設されているインフォまんべ(長万部観光案内所)で買い物をすることにした。実家向けのお土産に帆立の貝柱を買い、自分用に850円の高級トマトジュースとお茶を買った。
さらば長万部駅
珈琲しか飲んでおらず明らかに水分不足だったので、インフォまんべで買ったペットボトルのお茶を飲む。そろそろ出発しなければ。
飯生神社
最後は海辺にでも行きたいと思ったが、下調べを全くしていないので車で行けるような浜があるか分からなかった。カーナビの地図を見ると、近くに飯生(いいなり)神社という神社があるらしい。そこに向かうことにした。時間的にもここが最後の観光地になるだろう。
道の途中、建造中の新幹線高架の下ギリギリを通る箇所があってエキサイティングだった。交通量が多く道も狭かったので写真は撮れず。
飯生神社到着
程なく飯生神社に到着した。神社前に丁度車を停められるスペースがあったので助かった。
ヲシャマンベ陣屋跡
ヲシャマンベ陣屋跡の説明プレートがある。おれはこの手の説明を読むのが好きだ。ここで幌別の地名を見るとは思わなかったな。
GoogleMapで調べてみると、恵山岬から幌別まではかなり広大な領域だ。江戸幕府も相当な無茶振りである。
史跡ラシャマンベ陣屋跡
安政二年(一八五五年)南部藩は、恵山岬から幌別までの沿岸一体の警備を幕府より命じられ、箱館(函館市)に元陣屋を室蘭に出張陣屋を砂原・長万部には分屯所を設けることにしました。
ヲシャマンベ陣屋は室蘭の出張陣屋と同じく安政三年(一八五六年)に構築されましたが、安政四年(一八五七年)十二月に長万部沿岸が砂漠遠浅のため、外国船が容易に近づけないことから、陣屋の必要性がなくなり、南部藩は自藩に引き上げました。
渡島北部における唯一の近世史跡として昭和四十九年八月に国指定文化財(史跡)となりました。(注意)
一 郷土の史跡を大切に保存しましよう。
二 陣屋の内外を毀損させたときは文化財保護法により処罰されます。文化庁
長万部町
飯生神社由緒
こちらは飯生神社の由緒。由緒に寄ると1773年建立とのことなので、200年以上経過している。
なお、余談だが北海道で最も古い神社は函館の船魂神社とされている。以前に函館旅行の際に立ち寄った。古すぎて義経伝説まであった。
拝殿への道
拝殿は丘の上にあるのか階段からは鳥居しか見えない。参拝をしてこよう。
参道
短い階段を昇ると拝殿が見えた。境内には誰もいない。
手水舎では多くの風鈴が涼し気な音を鳴らしていた。涼しいというか、夕方が近くなり徐々に寒くなってきている。
狛犬
狛犬と石灯籠。石灯籠にはなぜか狸の置物が設定されていた。
拝殿
拝殿にて参拝し立ち寄ったご挨拶をする。神額には美しい年輪が浮き出していた。
もう少しゆっくりしたかったが、この季節の神社はとにかく藪蚊が多いので堪らん。虫除けが必要だ。
鎮座二百年記念之碑
鎮座二百年記念之碑が夕日を浴びている。そろそろ帰ろう。





























